この記事は何
紛らわしいんですが退職エントリでもなければ入社エントリでもありません。マネジメントの怪文書です。
こんにちは。株式会社HERPでエンジニアマネージャーをやっているどやです。 最近はプロダクト領域の統括エンジニアという、特に組織図上は存在しない肩書を社内外に自称しています。危ない人かな?
もう生成AIが世界に跋扈し始めてから一定の年月も経っていますが、皆さん自分の仕事はなくなりましたか? 残念ながら僕の仕事は減っていません。むしろ増えている気がします。あれれ〜?
さて、ここ1年ぐらい声高に叫ばれている「AIネイティブな組織」について━━まあ呼び方はそれぞれあれども━━どこの会社もなんとか組織に深くAIを根付かせることはできないかと、苦心している様子が見て取れます。
かくいう僕もエンジニアリング組織を見る立場から、少しばかりAIネイティブな組織ってやつに思いを馳せ、自社でも取り組みを動かしています。
この記事では特に何かしらの結論の話をするわけではありませんが、経験も踏まえた僕なりの考えをつらつらと書き連ねます。 何か皆さんの一考の材料になれば嬉しいです。
本編
そもそもAIネイティブな組織の実装は2つのパターンがあると思っています。
- ゼロから組織を作りあげる場合
- すでにある組織をAIネイティブに変える場合
2つの組織で取るべきアプローチは微妙に違うとは思っており、今回は後者の方の話をメインでしようと思います。
なぜAIを活用しなくてはいけないのか?
そもそも前提に立ち返ると、なぜ我々はAIを活用しようとしているのでしょうか。
企業においては、シンプルな話としてそれが競合優位性に繋がるためです。
もう少し順を追って話しましょう。まず、AI活用は「単位コストあたりのアウトプット量の増加」「アウトプットそのものの加速」に効くと信じられています。実際、上手く使えばその通りでしょう。
物量とスピードというのは事業推進において極めて重要です。 特に拡大フェーズの企業においては、大抵の問題は物量とスピードの不足が常で、それによって競合に対して遅れをとって負けます。
合わせて、ただ物量とスピードが多ければ良いというものでもなく、コスト(ROI)も考える必要があります。お金は有限なのでね。
また、逆にAIの話をすると「効率化によるコスト削減」の話ばかりが取り沙汰されがちですが、コスト削減だけでも不十分で、やはり事業のトップラインが伸びていく必要はあります。
我々は何とかかんとか生産性というやつを上げて、この物量とスピードの不足、そしてROIに立ち向かっていく必要があります。 そのために組織としてAIを活用しようとしているというわけです。
前述のような流れを踏まえ、AIネイティブな組織を再定義させてください。ここでは「人間がAIを活用して、組織全体の物量・スピード・ROIが競合優位的に望ましい状態へとなっている組織」と仮定させてください。
以下では一旦この定義を元に議論を進めます。
既存業務をAIで代替するための色々な課題
既存の組織を”AIネイティブな組織”に変えることを考えた場合、「既存業務をどのようにAIで置き換えるか?」というのがナイーヴな初手の疑問となると思います。
ただ、シンプルに置き換えようとすると色々な課題に直面します。
この辺りの課題の詳細は、もうすでに世間で数多く論じられているところではあるので、ここでは簡単に触れます。
- AIは過不足ないコンテキストを明示的に与えないと十分に働かない。
- AIは(大抵は)外部サービスであり、与えて良い情報の取り扱いが正社員の人間よりも制限されがち。
- AIは人間が立ち上げないと動かない。
- AIは責任をとってくれず、責任がAI自身ではなくその利用者に巻き上げられる。
感覚としては融通の効かない業務委託の方を雇っている感覚に近いかもしれませんね。
色々書いていますが、要するに「そもそも既存業務がAIを組み込める形になっていない、またそこまで言語化、形式化、基盤整備されていない」のがかなり強いボトルネックだなと感じています。
AIの登場で起きている変化
AIの登場で起きた実際の変化として、僕は業務における”ゆるさ”が許されなくなったと解釈しています。
AIでやろうとしていることって、「業務フローの整理と誰でも実行できる仕組みづくり」とか「既存の仕組みを活用した業務の効率化」であって、これは別にAIがくる前から「やった方がいいよね〜」と言われていた内容で何も大きな変化はありません。
ただ、実態としては以下の理由でやりきれていなかった部分が多かったと思います。
- どんだけ効率化する仕組みを作っても結局実作業の部分が人間ボトルネックになる。
- 非定型的な入出力・分岐を含む業務の場合、効率化のためのルールベースに落とし込むのが極めて大変。
まあ要するにコスパが見合わなかったのでやってなかった。
だって極論業務を全部時給1,500円のアルバイトがミスなく安全かつ高速に実行できる形にまで落とし込めていたら正社員にやらせるより安上がりなはずで、みんなそうしていたはずです。
しかし、AIの登場でここの言い訳がきかなくなり、いよいよちゃんとお仕事をする必要が出てきたのが現状だと認識しています。
どんだけ効率化する仕組みを作っても結局実作業の部分が人間ボトルネックになる。
おおよその実作業部分が人間によるボトルネックにならなくなった。実質ほぼ無限のスループットが出る。夜間であってもお構いなしにアウトプットさせ放題。
非定型的な入出力・分岐を含む業務の場合、効率化のためのルールベースに落とし込むのが極めて大変。
非定型的な部分を一定LLMがよしなに解釈して判定してくれるようになり、ルールを作るのがシンプルになった。
そしてこれは組織粒度の話だけでなく、人間に対しても言えます。
人間もこれまでは「まあなんだかんだ作業部分がボトルネックですからね」と言われてなあなあでやってきた部分が許容されなくなってきており、「え、作業はAIにやらせてるんだからその間は別のことができるはずですよね?」と無限に業務負荷を上げるバイアスがかかっています。
以前の世界でコーディング中のエンジニアに「コーディング中ってキーボード叩いてるだけなんだからその間は別の仕事できるよね?」とか言ってたら頭おかしい人だったと思うんですけど、現世だと一見して時間が空いているように見えることでこれが許容されてしまう。怖い世界になったと思います。
特に、人間がちょっと指示を出すとぐわっと大量のアウトプットが出てくるので、人間がどれだけ「もうちょっと」頑張れるかによって最終的なアウトプット量に差が出てくるのもシビアですね。
また責任の問題もあります。
AIは基本的に責任取ってくれないんで、AI活用の責任はそれを活用している人間に巻き上げられます。
たとえば「AIの登場でPRのレビューがボトルネックになっている」みたいな話もあると思いますが、それも結局は事業責任者がそういうリスクも受け入れて「最悪ぶっ壊れてもOKです。SLO割るまでは素通しで」みたいな意思決定をして、それに対して責任が取れるなら実は課題ではないんですよね。
ただ、ここもぼんやりとした判断基準やルール*1をちゃんと外形化してないんで、「レビューがつらいっす」という話に収束していると思っています。
こうなってくると、単に工数(時間)ではなく、人間の判断力・注意力などのいわゆるMP(メンタルポイント)が以前よりも重要なリソースとなってきます。
AIネイティブな組織とは何か?
先ほど「人間がAIを活用して、組織全体の物量・スピード・ROIが競合優位的に望ましい状態へとなっている組織」と定義しましたが、その内訳としては結局「ちゃんと仕事をしている組織」ということになると思います。
- 自分たちの業務の言語化、形式化、基盤整備から逃げない。
- いかに自分たちの業務効率(MPのより良い割り振り)を高められるかに向き合う。*2
なんて何も言ってない主張なんだ……まあでも普通にAI特有の話が何かあるとかではなく、真面目に気合い入れて仕事しましょうみなさんという結論ではある。悲しいかな。
データ基盤の整備とか、開発プロセスの改善とか、チームサイズの変更って別に上の話をやろうとしたときのHowの話なんだよなと最近感じています。
どうやってAIネイティブな組織を作るか?
じゃあ具体としてどういったHowがあり得るのか。 これは特に既存の組織や資産を抱えている組織だと結構大変です。枠組みを大きく変えるには持ち物も人も多すぎる。
僕も答えと呼べるものは持っていませんが、大枠以下のような2つのアプローチが必要なのではないかと考えています。
- AIが業務に参加しやすい業務設計、プラットフォーミング
- 権限や検証可能性などの担保(ガバナンス)
- 業務の言語化、形式化、効率化
- 業務全体の認知負荷の低減
- 人間もAIも適切に利用できるデータ基盤作り
- 少ないMPで質の高い判断、意思決定をできる組織作り
- 言語化、判断、意思決定を上手くできる人間を増やし続ける(育成・採用)
- チームサイズを小さくする
- チーム間のオーケストレーションの仕組み作り(マネジメントや意思決定ライン、モニタリングの整備など)
すごいざっくりと書きましたがこんな感じ。
ちなみに、2つ目のところで「チームサイズを小さくする」と書いた箇所について、念の為補足させてください。
これは必ずしも全社で採用を絞ることを意味しませんし、人員を減らせということでもありません。活動単位のチームユニットは小さい方がいいが、別に全社で小さい必要はないと考えています。
フェーズに応じて活動領域を適切に分割すればいいですし、人が余っているのであればその分新規事業などをガンガン作りまくれば良いと思っているためです。
もちろん、AIによって1人1人の活動領域・責任領域が広がるという主張も分かりますが、それなら人を採用して全員で同じ基盤を使い回して全員がソロプレナーやるような形の方が組織全体としては良いんではないかなと思っています。
ただ、逆に言えば活動領域を広げようと思えば広げられるだけの資質を持っているメンバーを集める必要がある、という難題は残りますが……
HERPでも実際にSLOの定義やDORA活用、オンボーディングコンテンツの作成などできるところから始めてはいますが、理想の形にはまだ程遠いですね。
組織として採用は継続すべきか
僕は基本的にこの問いに対してはYESであると考えています。今のところは。
そもそもトップラインを伸ばす活動はまだ人間のリソースが多く必要な領域でもあり、合わせてAIが参加するための場作りもまだAIがやってくれるという感じではない。
既存の組織をAIネイティブに置き換えていくのは非常に骨が折れます。すでに大量の人の営みがある状態からスタートするわけですからね。
やや逆説的ではありますが、人を採用して、業務を仕組み化するキャパシティを空け、AIが参加できるようにする仕組みを整える。 そしてAIが参加して空いたリソースを別の判断や意思決定に使う。新規事業を作ったっていいはずです。
オーケストレーションが上手くいく限りは、MPの総量が多い方が組織としてできる意思決定の数が圧倒的に多いはずです。
まあ、船頭多くして船山に上るという話もありますが、それは1つの船を全員で担いでいるから良くないのであって、船団だったら結構まともに航海できるんじゃないでしょうか。
やや余談として、会社全体として人が多いと意思決定しづらくなるという話はもちろんあるんですが、それは組織の強度の話だと思います。
経営の一存で突然オフィスを恵比寿からみなとみらいに移すのだってやろうと思えばできるし、リモートメインだって言ってたのに急に全社員に出社を言い渡したっていい。別にやろうと思えばどんな意思決定だってできます。
ただ、意思決定の浸透速度は組織の強度によります。特にカルチャーが全体に通底しているかなどは重要です。
今後、活動ユニットが小さく分割されればされるほど、全体として同じ方向を向けている状態を常に作り続けることが大切になっていきます。これはもう仕組みとかのレベルでは無理で、もう1つ上段の強力な共有ビジョンやカルチャーの話で解決していく必要があります。
これは弊社が新卒を採用する大きな理由の1つでもあります。彼らは柔軟な発想の提供や組織の学びを加速させてくれるだけでなく、成長を通じてカルチャーの体現者になってくれます。組織の強度を高めるためには不可欠な存在だと信じています。
まああと、シンプルにAI関係なく組織である以上新陳代謝が一定ある方が健全ですしね。*3 採用は一度止めると筋肉が落ちて再開がとても難しく、代謝を落とさないことは組織の存続のために重要だとは思います。
もちろん、僕は採用ドメインの会社なので、ポジショントークも多分に含まれていますが。
まとめ
ということで、仕事をやめてAIネイティブな組織で食べていこうと思ったんですが、どうやらAIネイティブな組織というのは真面目に仕事をしている人たちのことを指すらしい。なんてこった。
ようやく他の会社の人たちがブログで発信している内容を自分ごととして理解できた気がしており、僕個人としては信念の1つとして自組織に落とし込んでいこうと思っています。
その一環として、組織や技術など複数の領域で一緒にAIネイティブ組織ってやつを作っていく仲間を募集しています。
とはいえ「森羅万象から適切にコンテキストを収集し、数年スパンでメモリに思想・背景を蓄積してくれる」とか「人間の業務を勝手に察して業務の内訳を言語化してくれる」とか「モデルが賢くなりすぎて『なんかハーネスとか要らないっすわw』になり、Claude Code がサ終する」あたりのネクストシンギュラリティがきたら、また状況も変わるかもしれません。
そうなったら僕ももう仕事なさそうだし、会社やめてブロガーとして食べていこうと思います。*4

