君は彼方 を見た感想

この記事は何

この記事は、映画アニメ『君は彼方』を見た感想記事です。

つい一週間ほど前に『日本沈没2020 劇場編集版 シズマヌキボウ』という超大作を見たばかりなのに、なんでまたこんなアニメを……

まずはじめに、このアニメは本当に面白かったです。 映画館なので笑いを噛み殺していましたが、人目をはばからない場所で見ていれば最初から最後まで爆笑し通しだったと思います。 二ノ国なんかより全然凄まじい作品で、気持ち的にはユアストの瞬間最大風速が定期的に打ち寄せてくる傑作です。 勢いだけで言えばここ数年で最高の作品でした。ボジョレー・ヌーボーかな?

本記事は多くのネタバレを含み、かつ僕個人の感想なのでご容赦ください。

また、本記事は eeic アドベントカレンダー2020 の9日目の記事でもあります。 こんなアニメ感想よりも知見に富んだ有用な記事が大量にあるので、是非ご覧になってみてください。

感想

いつもアニメの感想を語るときどこから語ればいいか悩むのですが、このアニメについてはあまり迷いがありません。

このアニメを端的に表すと「『君の名は』みたいな作品、低予算で作ってよwなんかエモい感じでよろしくw」って言われて作った作品だと思います。 いやもうタイトルからして露骨に『君の名は』*1を意識しているのですが、作品内でも『君の名は』へのリスペクトが随所に感じられます。 ですが、創作とは難しいもので、敬意だけでは面白い作品は作れないのです。 「あの作品好きだから真似するぜ!」と意気込んで作ってみても、出来上がったものは中国製ミッキーマウスみたいな杜撰な代物になってしまうことはままあります。

そこで潔く諦めておけばいいものを、この作品は悪あがきとして他の多くの作品の要素を詰め込みまくります。 このアニメ本当にすごくて、全部が全部既視感の塊(端的に言えばパクリ)なんですよね。 君の名はっぽい絵面、女子高校生と男子高校生の恋愛、非日常と日常の往来、謎のマスコットキャラクター、大型の怪物に襲われるシーン、作中ミュージカル etc...

構成する1つ1つの要素は「大衆に受ける」というか面白い作品にありがちな要素ばかりで、それは別にいいんですよ。 面白い要素それ自体で新規性を出すのは結構難しい、というのは同じ創作者として理解できます。

ただ、問題はそれを繋ぎ合せるのが致命的に下手だったんですよね。 既存の写真をいっぱい貼り付けて作るモザイクアートあるじゃないですか。 あれを作ろうとして最終的に遠目から見た全体像も結局ただのモザイク画像になってしまったみたいな。 そら、そんだけの要素を雑に借りてきたらそうなるだろうよという感じがします。

どうしてこんなツギハギの化け物が生み出されてしまったのだろうかと思いを馳せると、悲しくなってきます。 たぶん、それぞれのマスが名作映画要素に対応してるビンゴゲームやりながら作品作ったんじゃないですかね。 「お、『ミュージカル要素』開いたわ」みたいな。 そうでもないと、これだけしっちゃかめっちゃかに要素を詰め込んだ理由がわからない。

はい。ということで、全体の所感はこれぐらいにして要素ごとの話に移ろうと思います。

新海誠先生が好きなんですね」というただその一言に尽きます。

ただ、新海誠レベルまで絵に情報を詰め込めているかと言われれば怪しく、劣化版でしかなかったのは悲しかったです。 全体的に中途半端というか、雑でしたね。 何だろう、絵自体はどちらかと言えばきれいなのに雑に見えるのって逆にすごいと思うんですよね。 どういう風に絵を組み立てたらそんなアンバランスな映像を作れるんだろう。

とはいえ、全体的にキャラクターも背景も作画それ自体は安定していたと思います。

まあ、静止画を多用してたのでそりゃ安定するんですけどね!

いや、アニメ映画でこんなに静止画多用することあるか?ってぐらい静止画を使ってましたね。 開始5分で主人公たちがデートするシーンがあるのですが、全部静止画で進んで爆笑してました。 嘘だろ。アニメ映画で開始5分で静止画多用するなよ。どんだけリソースなかったんだよ。

静止画でない部分も、キャラクターのみをどアップで映すシーンが長かったり、めちゃくちゃエフェクトを乗っけて誤魔化していたりと、涙ぐましい作画節約の跡が見えて涙が止まりませんでした。 アニメを見てこんなにも泣いたのは未だかつてありません。

途中、生死の狭間を彷徨うシーンで謎にクジラやペンギンが空を飛んでいるシーンがあったのですが、特に伏線というわけでもなく「それ要る?」ってなりました。 たぶん、このシーン作るちょっと前に『ペンギンハイウェイ』とか見てたんだと思います。

音響がひどいことってそんなに無いと思うんですけど、この作品の音響はかなり酷かったです。

まず最初に断っておくと、声優の演技は本当に良かったです。 主演二人が俳優出身っぽくて、まあどうせまた棒読みなんだろうなと思っていたら耳を疑うほど上手くて驚きました。 いや、冷静になったらそこまで上手くないと思うんですけど、マジで二ノ国とかユアストに比べると全然マシです。

あと、作中で主人公のガイドを務めるマスコットキャラクターが出てくるのですが、そいつの CV が山寺宏一でした。 何がとは言いませんが、「私はアンチウイルス!君のことを見守っていた!」とか言い出さないかとヒヤヒヤしていました。

次が本題のSEやBGMなんですが、音量調整ミスってたり、無音が多かったり、チープだったりと結構酷かったです。

なんか15分に一回ぐらいエモい(別に見てる側はエモくないが、たぶん作り手側はエモいシーンとして作ってる)シーンがあったのですが、その度に微妙にチープな感動系BGMが爆音で流れていました。 「うおおお!!エモい絵(エモくない)!!!エモい音(エモくない)!!!お前は死ぬ(死なない)!!!!」みたいな勢いを感じて思わず笑ってしまいました。 レベルを上げて物理で殴るゲーム*2をやってるのかな?

やたらと感動系BGMを大音量で流してくるんですが、こちらとしては超展開が多すぎて作品に没入できていないので、「◯◯に完全勝利した君は彼方UC」のMADを見ている気持ちでした。

本当に BGM が安っぽかったので、スタッフロールの楽曲提供に「魔王魂」とか「マッチメイカァズ」とか出てくると思っていたんですが、出てこなくてびっくりしましたね。

いや、本当に声優の演技以外で音響が酷いと感じるアニメ映画初めて見たので、「クソ音響!そういうのもあるのか!(孤独なサラリーマン顔)」になっていました。

お話

これまで僕が見てきた作品と違い、お話がこっぴどく酷いということはありませんでした。 いや、別に面白くはないし、超展開もいっぱいあるんですけど、こう、まともなお話にしようという意気込みだけは感じたのでそこは前向きに評価したいと思います。

さて、ざっくりと展開のあらましを話すと、

「主人公の澪と同級生の新は友達以上恋人未満の関係。澪はデート中に新と喧嘩してしまい、別れたあとに交通事故に遭って意識不明の重体になる。だが、澪は気がつくと池袋の駅前っぽい場所にいて、突然現れたマスコットキャラクターに『ここは現世とあの世の狭間だよ。未練をなくしてさっさとあの世に行こう!』と言われる。魂だけとなった澪は徐々に現世の記憶を失っていき、新への思いも忘れてしまう。記憶があれば現世に戻れると教えられた澪は協力者の助力を得て、現世に戻るべく失われつつある記憶をなんとか取り戻そうと足掻く。途中、一瞬だけ新が助けに来てくれるが、最終的には自力で新への恋心を思い出し、現世への帰還を果たす」

こんな感じです。 すごいですね、これだけ書くとありがちとは言え、面白そうに見えます。 たぶん、シナリオプロット組んだ時点ではこの粒度だったので面白い作品になる可能性もまだあったと思うんですよね。

ただ、全体的にエモ要素をふんだんに詰め込んだ結果、贅肉まみれになってしまったような脚本でした。 牛肉鶏肉豚肉全部ぶち込んで野菜一切入ってないカレーみたいな。アクが酷そう。 なんというか、それぞれの素材は美味しくても全部鍋にぶち込んで煮込んだときに美味しくなるかはまた別の話というか。

全体的に、「客受けするもの」「こういうの好きでしょ」みたいなのが先行してしまってい、悲しい怪物が出来上がってしまったような哀愁があります。 いや、映画に対して覚えるべき哀愁って、こういう覚え方じゃないんだよな。こんなの場外乱闘じゃん。

さて、色々と突っ込みどころはたくさんあるのですが、順番に笑顔ポイントをさらっていきたいと思います。

まず新が霊能力者の家系だったというところが一番面白かったですね。 この設定、本当に唐突に出てきて、それ要る?ってなって笑ってました。

途中、生死の狭間の世界で彷徨う澪を助けに行こうとするシーンがあるのですが、僕はてっきり澪に会いに行くために自ら仮死状態になる展開だと思っていました。 ところが、同じ霊能力者である新の叔母と話している最中に、新は突然死します。 超展開すぎて僕はめちゃくちゃ笑っていたのですが、後になってどうやら突然死したわけではなく幽体離脱したらしいことが判明します。 なんか、直後のシーンで叔母さんが心肺蘇生してるので、てっきり偶然心臓麻痺起こして死んだのかと思いました。この作品ならそれぐらいやるなと思っていたので。ほんとびっくりさせないで欲しい。 いや、幽体離脱してたのも十分びっくりなんですけどね。

その後、幽体離脱していた新を叔母さんが謎パワーで呼び戻します。 いや、最後まで説明なくて、本当に謎パワーとしか言いようがない。 その能力使って澪も呼び戻せよ、と思ったんですが澪はどうやら仮死状態になってからの時間が経っているのでダメらしいです。

こういった理由をちゃんと用意しているのは偉いですね。 なんというか全体的に伏線とか理由付けみたいなのは一応ちゃんとやろうとする気概があって、そこは評価してあげたいですね。 偉い。偉いか?いや、偉いですよマジで。 クソアニメ界の優等生ですよ。

他にも、澪が突然ミュージカルを始めるシーンも面白かったです。

狭間の世界で、「私はダメなやつだ。でも変わりたい」みたいなことを突然一人でミュージカルし始めたので目を疑いました。 いや、最初から最後までミュージカル調ならまだしもその箇所しかミュージカル出てこないし、あまりに突然のことに僕ですら戸惑いを覚えていました。 目の前で急にフラッシュモブ始まったみたいな唐突さがありますね。 しかも、その時点で僕たちは別に澪に対して特に感情移入できていないので、なんか急に歌い踊り始めたやべぇやつという悪印象がついただけのイベントで、本当に笑いをこらえるのが大変でした。 声優の歌がうまかっただけに本当に悲しい。 悲しいけど、映画で覚えるべき悲しみの方向性と若干違うんだよな。

あと、単純に全体の展開が行ったり来たりだったのも良くなかったと思います。

展開が二転三転するとか、三歩進んで二歩戻るを繰り返す、なんていうのは多くの作品で行われていると思うんですが、この作品は「三歩進んで三歩下がる」みたいなことをやるんですよね。 基本的に、主人公の澪が現世の記憶(特に、新への恋心)を思い出すことが物語の基軸なんですが、「あーはいはい。完全に思い出したわ。ほな帰るで!」→「帰れんかったわ……なんでや?」を何回かやります。 いや、全然思い出してへんやんけ。

これ、当人が思い出した気がしていただけとかならいいんですけど、他のキャラクターとか作品の演出的に「いやー、これは完全に思い出しましたね。間違いない。はい、大団円」みたいな空気感を出してくるので、こちらとしてはめちゃくちゃ肩すかしを食らいます。 い、今起こったことをありのままに話すぜ!俺は澪が記憶を思い出したと思っていたんだが、実は思い出していなかった。何を言っているのか(以下略)

しかも、それだけ散々に引っ張っておいて、最後の最後には何のきっかけもなく「なんか思い出したわ」っつって思い出して終わるので、視聴者は最後の最後まで主人公のリズム感に波長を合わせられずに終わります。 いや、お前「どうして、思い出せないの……!やだ!私、死にたくない……!」ってクッソ長尺取って5分ぐらいずっと泣いてたシーンは何だったんだよ。

この5分ぐらい泣いてるシーンも本当にすごくて、「うわあああああん!!帰りたいよぉ!!!」→「スン……」→「いやああああああ!!帰りたいぃぃぃ!!!!」を繰り返すので、マジで笑ってました。 緊張と緩和が笑いの基本であることをばっちり理解してるんだな!

今までは急にミュージカル始めるぐらいには冷静だったのに、ここのシーンで急に泣きじゃくり始めるから本当に誰も付いていけてないと思います。 え、君は彼方ってそういうこと?澪の精神構造が視聴者の理解の彼方先にいるみたいな意味だったの?

閑話休題

他にも気になりポイントがいっぱいあるので、ここから先は箇条書きで書こうと思います。

  • クライマックス感のゴリ押しがめちゃくちゃ多かったです。15分に1回ぐらい小さめのクライマックスみたいな感じで「ほら、エモくなれよ」という雑殴りをしてくるんですが、雑すぎてこちらとしては全然物語に没入できません。というか、クライマックスは最後に来るからクライマックスなのであってそんなにぶち込むな。用量用法を守れ。放課後クライマックスガールズかよ。
  • 謎のマスコット(クマの人形っぽい)が情緒不安定で良かったです。なんか「君の運命は決まってる!未練をなくしてさっさと死のう!」とか言い出したと思えば、次のシーンでは「現世に戻る方法を一緒に探そう!」とか言い出すし、さらにこれを交互に繰り返すので喋るたびに笑ってました。
  • 途中、澪が巨大な蜘蛛のような怪物に襲われるシーンがあるのですが、マスコットが身を呈して澪を庇い蜘蛛の前足を両手で抑えます。直後、澪は蜘蛛の別の足で蹴り飛ばされます。うん、まあそうだよね。足8本あるんだし、2本止めても普通に攻撃来るよね。ここ、何のためにこいつ前出たんだよってなって吹き出してしまった。
  • 主人公が、生死の狭間で記憶を失うに連れて体を黒い靄に侵食されていきます。この黒い靄も説明なかったのでよく分からないんですが、それよりも黒い靄を気合いで消してたのも面白かったです。それも徐々に侵食してくるとかではなく、思い出したように作中で2、3回パッと侵食して気合いでかき消されるだけでした。何だったんだマジで。
  • 最後、幽霊のまま現世に戻ってきた澪が新に気づいてもらえずに呼びかけるシーンが、完全に名作洋画『ゴースト』でした。もし『ゴースト』を知らないであのシーン作ってたらすごい才能だと思います。
  • ボスっぽい人型の存在が急に蜘蛛形の化け物に変身するんですけど、そのキャラデザがあまりに見覚えがあって「『魔法少女まどかマギカ』とか『千と千尋の神隠し』あたり参考にしましたよね?」と問いたい気持ちになりました。

まとめ

このアニメ、名作映画の要素を全部入れようとしたら無事に瓦解してしまったという、本当に美しいまでの現代寓話になっていてめちゃくちゃ面白かったです。

僕は必ずしも二番煎じやテンプレが悪いとは思いません。 言葉を変えればそれは王道とも呼べますからね。

ただ、そこに明確な信条がなければこんなにもしっちゃかめっちゃかな作品になってしまうんだなという気づきがありました。 つまんない映画版クレヨンしんちゃんと言えば通りがいいかもしれません。 クレヨンしんちゃんのあれは、めちゃくちゃなようで筋が一本通っている脚本が多いので多くの感動と面白さをもたらしますが、『君の彼方』はそうはなれませんでした。 紙一重ですね。いや、嘘かも。厚紙50枚ぐらいの隔たりはありそう。

もし、『君は彼方』の監督が次回作を作ることがあればぜひ見たいと思います。 今はまだ憧れの『君の名は』は彼方にいますが、もう少しブラッシュアップすれば名作映画に手が届くかもしれません。

まあ、そうなったら多分僕は見に行かないんですけどね。

*1:新海誠監督のアニメ映画。2016年。世間を大いに賑わせ、数多くの記録を打ち立てた。

*2:ラストリベリオン